紛争地帯からの手紙

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2004年 06月 11日

агдад

a0026915_113923.jpg六月から八月まで二ヶ月間イラク、パレスチナに行ってまいりました。
イラクは二回目、パレスチナは四回目となります。
今では向こうに友人もでき、第二の故郷、といったところでしょうか。
スキャナーを買ったので記念に写真を送ります。
エルサレム・アルメニア人地区です。雪が降ってますが、これは今年の三月の写真で、二年ぶりの雪ということで現地では、子供がはしゃいでました。
石の変わりによく雪を投げつけられて頭に来たことを覚えています。
旧市街は、まだ古い建物そのまま残っており、まるで京都みたいな所です。
もっと多くの人が安全に観光できる日が早く来るといいのですが。現状を見る限りは難しそうです。


光識
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# by shaktypad | 2004-06-11 11:40
2004年 06月 11日

Багдад4

a0026915_113750.jpgイラクではインフレがものすごい。一ドル当たり250ディナールが六枚から七枚。これでも戦前に比べたら少しは持ち直したのだが、それでも百ドルを変えようと思ったら六百枚・・・。数えるのがめんどくさいので、現地の両替商もこうやって先に百ドル分の紙幣を右に置き、左に百ドル分の新規?を秤にかけ、つりあわせようとする。だが、たいていはつりあわないままアラブ人特有の「まぁいいか」という適当さで百ドルあるんだ、ということになってしまうのだった。現地の日本人は、ほぼ250ディナールしか出回っていない現状から、
250デナールといわずに未だに使われている紙幣の肖像サダムフセインをもじり、250ディナールを1サダムといっている。偉大なる大統領閣下はとうとう通貨の単位にまでなられたのだ。物価は非常に安い。ゆで卵が一個1サダム(18円から20円くらい?)コーラが2サダム、大衆理髪店で髪を切ってもらうと3サダムだ。おなか一杯に食べてもたいていは1、2ドル前後ですむ。しかもアラブ料理は案外けるクチだ。とはいえ、安い安いといっても、戦後ということで物価は少々上昇している。戦前、公務員の月収が平均5ドルだったというから、紙くずと化した今のお札を貯蓄していた現地人には気の毒な話だ。我々の物価水準からしたら非常に安い國でも、現地の人々からすれば値上がりして生活が苦しいということになるのだろう。日本は物価が高いとは言え、金持ちの国に生まれていて良かったと思うしだいであった。


光識
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# by shaktypad | 2004-06-11 11:39
2004年 06月 11日

Багдад

a0026915_113641.jpgさて、バクダッドと一言で言っても非常に広い都市だ。
東京の中に銀座や渋谷と浅草があるように
バクダッドの中にも中央官庁が立ち並ぶ場所がある一方で貧民層が暮らしている場所もある。
今日、例えば浅草で爆弾事件が起きたからといって
渋谷の治安が悪いか、といわれたらはてな?
という気がする。もっと言えば、香港でSARSが流行ったから日本人もSARSにかかっているに違いない、といわれたらそんな馬鹿な、と思うだろう。正確な情報さえあれば必要以上に怖がることはない。一番怖いのは知らぬがゆえの盲目的な恐れだ。
アメリカは、潜在的な恐怖のため、イラクを叩く事に正当性を見出してしまった。
たちの悪いことにイラク人の解放を叫びながら。アフガニスタンの例を見るまでもなく、彼らに本当の解放が訪れる日はまだ先のこと。今、仮に大統領選挙でもやったら反米のシーア派かバース党官僚が息を吹き返すのだろう。アメリカにとって他国の民主主義とは、民族主義的なものではなく、アメリカのグローバルスタンダードに強調する民主主義でなくてはならない。そういう意味で日本は本当の独立国なのか、という疑問も沸いて來がそれは又別問題ということで話を戻そう。独裁国家を倒すというのなら、本来ならサウジアラビアを叩かねばならないのではないだろうか。サウジの王政の独裁振りはサダムの比ではないのだという。ただ、王室が親米だということでアメリカはサウジ国内の人権問題には口を出していない。一方国民は反米でいわゆるねじれ現象が起きている。ビン・ラディンがハイジャック犯の多くをサウジ出身としたのは、いわば、王室に対してアメリカとの仲にくびきを打つためだったという考えが妥当だろう。いずれにしても世界一位、二位の石油をアメリカは手中にしたわけだ。そんな國が京都議定書に調印するとも思えない。 写真はもともとサダム・フセインの肖像が飾られていたが、戦争終結と共にニコチャンマークに変えられてしまった。これはこれで可愛らしいと思う

光識
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# by shaktypad | 2004-06-11 11:37
2004年 06月 11日

はじめに

「何故紛争地帯に行くのか?」
そう問われることが多いが、
日記を読み返してみたところで、答えは見つからない。「好きだから」、というとうそ臭いし、
「正義感がそうさせる」、なんていうともっと安っぽくなってしまう。
自分の行動をすべて説明できる人はいないだろう。だから自分自身の行動を説明するのは非常に難しい。
あえていうなれば、「何故なら、そこにあるから」としか言いようがないと思うのだ。
僕が行かなくても、他の誰かが行くだろうし、僕が行かなきゃ行けない理由はどこにもない。
また、僕が行ったからといって世界が変わるわけでもないし、行った所で人様の何の役にも立たない。
どんなすばらしい体験をしてきても、それを伝えたとき、
相手は自分の経験をフィルターとしてその価値を図る。
自分にとって大切な出来事でも、他人には聞くだけ無駄だということが多いのだ。

そこまで解っていて何故足を向けるのか?

無意味だと自己否定する一方でこうも思うのだ。「知らないことは罪だ。
しかし、知りながらにして目を背けることは、もっと大きな罪を犯している」と。

そして、単純に、好奇心が強く生まれてきたんだ。


東京:自宅にて  光識
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# by shaktypad | 2004-06-11 11:32 | なぜ紛争地帯に行くのか