紛争地帯からの手紙

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2004年 06月 11日

Ирак ・ Багдад

a0026915_114025.jpgサダムシティ(現サドルシティに改名したようだ)
という貧民街にいた女の子。
手にするお札には当然ながらサッダームの凛々しい頃のお顔が拝見できる。

僕が泊まっていたホテル(一泊六ドルくらいだったと記憶している)からタクシーで三十分前後、約2ドルくらいだった。運転手は皆護身用のため拳銃を所持している。他国に比べれば少しだが外人だしボってやろう、と値段を吹っかけてくる。怒ってこちらが手を出すと、ダッシュポートからマカロフ、トカレフ、なんて嬉しい代物がチラリとお目に出来る拝見料金込みの明瞭会計。終止ご機嫌だった。この写真を撮ったときはウダイもクサイもムシュタファ(フセインの孫)も存命中だった。街の人に「生きていると思うか?」と尋ねたところ、当然反応はまちまちであったが、もはやそんな事よりもこれからの仕事と、治安の悪化にどう対処しようかと悩む姿が記憶に残っている。そんな人たちも新しい歳を迎え、今はどんな暮らしをしているだろうか(太陰暦を採用しているので歳を越したという感じはないだろうが)。治安の悪化といえば、直ぐに爆弾テロ、と連想してしまうが、
実際、街の人たちを不安にしているのは?アリババ?と呼ばれる強盗の増加だ。
アメリカとの戰爭を直前に控え、イラク軍が民のゲリラ活動を期待してか、
武器弾薬を配ったと聞いた。そのためだけではないとは思うが、戰爭が表面的に終結したが、街中では発砲が多発している。為政者が變わろうとも、世の中直ぐに変わるわけじゃない。

今、色々なNGO団体が義援金を集めている。しかし、そのお金がこの少女に届くとは思えない。
贖罪意識から逃れるために、深く考えもせずに募金してしまうが、
誰が一体イラクまで、そのお金、あるいは物を運ぶのだろう?困っている人を助けることに異議はない。
だが、本当に役に立つ手助けとはなんなのだろうか。また、こうして欲しいといわれたときに、
自分達はそれに答えるだけの覚悟があるのだろうか。言論と行動の一致は容易ではない。



自分自身を省みつつ、募金箱を前に考えてしまう。



光識
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by shaktypad | 2004-06-11 11:41


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